新版 バブルの物語(1 投機のエピソード)

ジョン・ケネス・ガルブレイス (著), 鈴木 哲太郎 (翻訳) 2008年12月19日

  目 次
 1 投機のエピソード
 2 投機に共通する要因
 3 チューリップ狂、ジョン・ローとロワイヤル銀行
 4 サウスシー・バブル
 5 アメリカの伝統
 6 一九二九年の大恐慌
 7 再び一〇月がやって来た
 8 教訓は歴史から

 「1 投機のエピソード」では、陶酔的熱狂(ユーフォリア)が生じたときの群集心理などについて紹介されている。例えば、陶酔的熱狂が生じると人々は富が増えるすばらしさから躍起になり、警告は歓迎されないことについて説明している。また、1929年と1986年の投機的な動きに対して警告を促しても、市場がそれを歓迎しなかった事例についても紹介している。

 「2 投機に共通する要因」では、投機のエピソードに共通している特徴などについて紹介されている。例えば、投機が起こると最後は崩壊が起こることや、過去に起こった投機について知っていれば投機の犠牲から身を守るこができるだろうということが説明されている。

 「3 チューリップ狂、ジョン・ローとロワイヤル銀行」では、1630年代ごろにオランダで起こったチューリップバブルについて紹介されている。例えば、チューリップバブルが起こった当時は球根1個が新しい馬車一台、葦毛の馬二頭、馬具一式に相当するまでに価格が上がったことや、バブル崩壊後はオランダの経済が深刻になったことなどについて紹介している。

 「4 サウスシー・バブル」では、1711年ごろにイギリスで起こったサウスシー・バブルについてについて紹介されている。例えば、このバブルに便上し模倣・便上をする会社が誕生したことや、アイザック・ニュートンもこのバブルで大きな損をしたこと、バブル崩壊後はイギリスの経済が深刻になったことなどについて紹介している。

 「5 アメリカの伝統」では、1860年代ごろに起こった鉄道の投機について紹介されている。例えば、鉄道については地平線に限りがなくこれほど必要とされているものに投資をして損をする人などありえないと考えられていたことや、鉄道に融資をしていた銀行が倒産したことなどについて説明している。

 「6 一九二九年の大恐慌」では、1929年にニューヨーク株式取引所で発生した大恐慌について紹介されている。例えば、バブル期にはイェール大学のフィッシャーやハーヴァード大学、ミシガン大学、オハイオ州立大学などの学者までもが楽観的な見解を持っていたことや、バブル崩壊後は25年間余り証券市場が退屈であったことなどについて紹介している。

 「7 再び一〇月がやって来た」では1929年の大恐慌の後について紹介されている。例えば、1929年の大恐慌の後、人々が株式市場に信頼を持たなくなったことや1950年にはアメリカの好調な経済を反映して投機的な上昇が起こったこと、1987年に著者が市場の暴落に対して論説を挙げたことなどについて紹介している。

 「8 教訓は歴史から」では歴史の教訓を知る有意義性について紹介されている。例えば、1636年のチューリップバブルから始まったバブルがそれ以降のバブルと過ちが繰り返し起きる事情と変わってないことや、投機の見通しが楽観ムードになったときなどは、その中に入らない方がよいことなどについて紹介している。

○ はじめに
 陶酔的熱狂(ユーフォリア)が生じると、人々は、価値と富が増えるすばらしさに見ほれ、自分もその流れに加わろうと躍起になり、それが価格をさらに押し上げ、そしてついには破局が来て、暗い苦しい結末となるのであるが、こうした陶酔的熱狂が再び起こったときに、規制であるとか、正統的経済学の知識のようなものは、個人や金融機関を守る働きはしない。陶酔的熱狂の危険から守ってくれるものがあるとすれば、それは、控え目に言っても集団的狂気としか言いようのないものへ突っ走ることに共通する特徴を明瞭に認識することしかない。このような認識があって初めて、投資家は警戒心を持ち、救われるのだ。
 しかしながら、こうした警告があまり歓迎されないような事情が若干ある。こうした警告は、短期的には、無知または隠しきれぬ羨望が動機となったところの、致富のすばらしいプロセルに対する攻撃であると見なされるし、またもっと長期的には、市場自体に内在する知恵に対する信仰の欠如を表明するものであると見なされる。
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 投機に参加する人の基本的な姿勢も明らかである。これには二つのタイプがある。第一のタイプは、何らかの新しい価格上昇の状況が根づいたと信じるようになり、市価は下がることなしに際限なく上昇を続けるであろうと期待する。つまり、市価は新しい状況 - 収益及び価値が引き続き大幅に増大するような新局面 - に適応しつつあるのだと考える。第二のタイプは、第一のタイプの人よりも、表面上はもっと保守的で、またおおむね少数である。彼らはその時の投機のムードを察知する。あるいは察知したつもりになる。そして上昇気運に便上する。自分は格別の才を持っているがゆえに、投機が終わる前に手を引くことができる、と確信している。価格上昇が続いている限りは最大限の利益が得られるだろう、来るべき反落の前に手を引けばよい、と考えるのである。
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 「投機のエピソードは常に、ささやきによってではなく大音響によって終わる」という一般論が成り立つのであって、これは数世紀にわたる経験に裏付けされている。
 ここまで述べてきたことはきわめて明白であるが、これほどにはよく理解されていないのが投機的ムードの群集心理である。この群集心理を十分に理解するならば、そのような恵まれた人は災厄から救われることができる。しかし、この群集心理の圧力は非常に強いので、救われる人というのは、ほとんど不可避的な一般的ケースに対する例外でしかない。
(1 投機のエピソード)

○ ロージャー・バブソンとフィッシャー教授
 一九二九年の冬、当時最も尊敬されていた銀行家で、連邦準備制度の生みの親の一人であったポール・M・ウォーバーグは、当時の「無軌道な投機」の馬鹿騒ぎに対して批判的な発言をした。投機が続けば、やがては悲惨な崩壊が来て、国は深刻な不況に直面するだろう、と述べたのである。彼のこの発言に対する反応は痛烈で、悪意に満ちたものであったと言ってよい。彼の見解は陳腐であるとか、彼は「アメリカの繁栄を窒息させ」ようとしているとか、彼自身は市場で売り手に回っているらしいとか言われたものだ。
 これよりやや後、一九二九年九月のことである。当時の傑物ロージャー・バブソンは、統計学、市場予測、経済学、神学、重力の法則などのさまざまな分野に関心を持つ人であったが、彼は市場の崩壊を予見して、「大変なことになるかもしれない」と述べた。ダウ平均は六〇ないし八〇ポイント下がって、その結果、「工場は閉鎖され・・・人々は失業者として放り出され・・・悪循環がフルに作用して、深刻な経済不況が到来するである」と述べたのである。
 バブソンの予測は市場に激しい反応をもたらした。それに対する反応は、ウォーバーグに対する反応よりもきびしかった。『バロンズ』誌は、バブソンの過去の諸発言が「悪名高いほど不正確」であったことを知っている人なら誰しも彼の言うことをまじめに受け取るべきではない、と述べた。
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 一九八六年の秋に、当時株式市場に醸成されつつあった投機的な動きに私は注目した。プログラム売買・指数取引などに表される投機や、それに関連して、企業乗っ取り、LBO、合併・買収熱といったことから生じる熱狂が私の関心を惹いた。『ニューヨーク・タイムズ』紙からこうしたことについて論説を書くよう依頼され、私は大いに乗り気で承諾した。
 ところが悲しいことに、私の論説ができ上がると、『タイムズ』の編集者は、それが余りにも人々に不安を与えるものだと考えた。私は、この論説で、市場は典型的な熱狂ムードに入っており、崩壊は避けられない、と明言していたのである。もっとも、いつ崩壊が来るかについては、用心深く予言を差し控えておいた。『タイムズ』から断られたこの論説は、一九八七年の始め『アトランティック』誌が喜んで掲載した。(『タイムズ』は後に態度をやわらげ、『アトランティック』の編集者との取極めにより、ほぼ同一の内容を盛った私とのインタビューを掲載した。)しかしながら、同じ年の一〇月一九日に暴落が起こるまでの間は、この論説に対する反応は少なく、あっても不利なものであった。皮肉な批判の一つは、「ガルブレイスは人が金儲けをするのを見るのが嫌いなのだ」というものであった。ところが、一〇月一九日の後となるや、私が会ったほとんどのすべての人は、私の論説を読んで感服したと語ったものだ。この暴落の日だけでも、全米各地、東京、パリ、ミラノから、四〇人ほどのジャーナリストやテレビ解説者が私のコメントを求める電話をかけてきた。
(1 投機のエピソード)

 









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