新版 バブルの物語(5 アメリカの伝統)

ジョン・ケネス・ガルブレイス (著), 鈴木 哲太郎 (翻訳) 2008年12月19日


○ はじめに
 金融上の事件に関する記憶は短いけれども、大衆の主観的な態度は長い間変わらないことがある。ジョン・ローのせいで、フランスでは銀行に対する不信感が一世紀以上にわたって続いたし、サウスシー・バブルはイギリス人に株式会社に対する警戒感を植えつけた。
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 しかしながら、一八二四年ともなると、株式会社は再び名誉ある地位を取り戻していて、ロンドンにおける株式の販売促進を再び可能ならしめるほどになっていた。
(5 アメリカの伝統)

○ 逃避主義の伝統
 南北戦争の傷が癒えた一八六〇年代末から一八七〇年代初めにかけて、最大級の投機的ブームが起こった。それは、経済的・政治的に破滅的な影響をもたらした一八七三年のパニックへつながった。
 このパニックに先立つ数年間は、さまざまな物の価格が上昇し、工業、農業、公共建設においても広く熱狂的な楽観的状況が支配した。価格の上昇はいっそうの価値上昇をもたらした。かつてのブームが運河および幹線道路という輸送手段であったのと同様に、今回の投機の焦点となったのは鉄道であった。鉄道については、文字通り地平線に限りがないように思われた。これほど明らかに必要とされているものに投資して損をする人などありえなと思われたのだ。
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 新規の鉄道事業や一部の古い鉄道が支払不能に陥った。高名な銀行であったジェイ・クック社は、鉄道への融資に深入りしすぎていて、一八七三年に倒産した。二つの大銀行も倒産した。ニューヨーク株式取引所は一〇日間閉鎖された。ニューヨークその他の銀行には正貨による支払を一時停止した。
(5 アメリカの伝統)

○ 恵み深いシュンペーター流の考え方
 第一次世界大戦が終わった後の数か月間、再び軽度の熱狂的ブームが続いた。農業所得が良好だったことから、土地を投機的に買う動きが活発化し、土地価格も投機的に上昇した。このため農民は多額の負債を抱えることとなった。この負債の総額は、大不況の時代には農村地帯の財産価値の総額を上回るものだったと一般に見積もられている。このことから一九三〇年代の農業恐慌が生まれたのである。また、農産物価格支持、農業所得支持、農民に対する信用供与などを含む農業政策もこのころに生まれ、今日も存続しているのである。
(5 アメリカの伝統)

 









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