新版 バブルの物語(8 教訓は歴史から)

ジョン・ケネス・ガルブレイス (著), 鈴木 哲太郎 (翻訳) 2008年12月19日


○ はじめに
 実生活において参考とすべきことは幾つもあるが、その中でも、歴史の教訓を参考とすうことくらい普通におこなわれているものは多くない。歴史の教訓を知らない人は、過去の歴史を繰り返すように運命づけられている。
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 金融的熱狂の過ちが繰り返し起きるよう仕向ける事情は、その作用する仕方に関するかぎり、一六三六-三七年のチューリップ狂の時以来、何ら変わっていない。個人も機関も、富の増大から得られるすばらしい満足感のとりことなる。これには自分の洞察力がすぐれているからだという幻想がつきものなのであるが、この幻想は、自分および他の人の知性は金の所有と密接に歩調をそろえて進んでいるという一般的な受け止め方 - これについてはこれまでに何度も述べた - によって守られている。このようにして生じたこのような考え方から、値をせり上げるという行動が生まれてくる。このせり上げの対象は、土地であれ、証券であれ、あるいは近年には美術品であるとか、さらにはまたアメリカや日本で見られるようにゴルフ場開発であってもかまわない。個人的にも集団的にも賢明なことをしていると信じ込まれている事情は、価値上昇の動きによって確証される。このように上昇が続いた後、大きな幻滅と暴落の時がやって来る。この暴落は、すでに述べたことから明らかであると思うが、穏やかに来ることは決してない。この暴落は、必死になって何とか逃げだそうとする努力を伴うのが常であるが、そうした努力はたいてい失敗する。
(8 教訓は歴史から)

○ 日本と投機の後遺症
 一九二九年の暴落の後では、ダメージは非常に大きく、先に述べたように、それに続く不況に対して目に見えるほど大きく寄与した。一九八七年の後では、「てこ」の利用から生じた負債が今日でもなお重く残っており、生産的・革新的な投資のためではなく利息の支払いのためにお金を使わなければならず、そして今では、破産という外傷が生じている。さらにまた、個人や年金基金がジャンクボンドによって蒙った損失の影響もまだ残っている。
(8 教訓は歴史から)

○ 愚かさと高度の懐疑主義
 あまりに明白な楽観ムードがあれば、それはおそらく愚かさの表れだと決めてかかるほどの懐疑主義、そしてまた、巨額な金の取得・利用・管理は知性とは無関係であると考えるほどの懐疑主義である。ここで、個人投資家ならびに - 言うまでもないが - 年金基金その他の機関のファンド・マネージャー指針とすべき絶対確実な準則の一つを示すこととしたい。すなわち、金と密接にかかわっている人たちは、ひとりよがりな行動や、ひどく過ちに陥りやすい行動をすることがありうる、さらにはそういう行動をしがちである、ということである。この準則を本書全体の教訓ともしておきたい。
 さらにもう一つの準則は次のことである。すなわち、興奮したムードが市場に拡がったり、投資の見通しが楽観ムードに包まれるような時や、特別な先見の明に基づく独特の機会があるという主張がなされるような時には、良識あるすべての人は渦中に入らない方がよい。これは警戒すべき時なのだ。たぶん、そこには機会があるかもしれない。紅海の底には、かの宝物があるかもしれない。しかし、そうしたところには妄想と自己欺瞞があるだけだという場合の方がむしろ多いということは、歴史が十分に証明している。
(8 教訓は歴史から)

 









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