ウォール街のランダム・ウォーカー(第4章 史上最大のバブル)

バートン マルキール (著), 井手 正介 (翻訳) 2007年5月25日


○ はじめに
 インターネット・バブルをあのオランダのチューリップ・バブルと同列に扱うのは、チューリップがかわいそうすぎるというものだ。歴史上のほとんどのバブルは、新しいテクノロジーの出現(例えばトロニクス・バブルやバイオ・バブル)、あるいは新しい事業機会の到来(例えば世界規模の交易時代の幕開けが生んだ南海バブル)の、いずれかがもたらしたものである。
(第4章 史上最大のバブル)

1.インターネット・バブルはいかに膨らんだか
 金融学者のロバート・シラーは、その著『投機バブル 根拠なき熱狂』の中で、バブルを「ポジティブ・フィードバック・ループ」と表現している。彼の説によると、バブルはまず、インターネット・ブームに関連が深いと思われる一群の銘柄が買い上げられることから始まる。株価が上がり始めると、さらに多くの投資家がそれらの銘柄を買い始め、それをテレビや雑誌が盛んに取り上げる。これによってより広範な投資家が引き寄せられることになる。こうして初期にゲームに参加した投資家は、大きな儲けを手にする。彼らは金儲けがいかに簡単かをパーティの席などで自慢げに吹聴して歩き、それを耳にした多くの人々がゲームに参加し、株価は一層上昇する。しかし、これは結局のところ「ポンジ・スキーム(ねずみ講)」そのものであり、ブームを持続するためにはますます多くのお人好しの投資家を引き入れて、株を転売し続けることが必要なのだ。問題は「より馬鹿」投資家の供給には限度があるということなのだ。
(第4章 史上最大のバブル)

2.広い裾野を持ったハイテク・バブル
 トロニクス・ブームの時に、あらゆる企業が魅力を高めるために語尾に「トロニクス」をつけたのと同様な現象が、インターネット・ブームでも起こった。インターネットとはおよそ何の関係もない何十もの企業が、ドット・コム、ドット・ネット、インターネットといった、いかにも関連がありそうな呼称に社名を変更した。
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 本業がインターネットと全く関係がない会社でも、社名を変えただけで株価は倍以上になったのである。彼らはバブル崩壊後の期間についても同様なリサーチを行ったが、今度は社名からドット・コムの部分を削除しただけで、株価が立ち直った例が多いことを実証したのである。
(第4章 史上最大のバブル)

3.未曾有の新規公開株ブーム
 二〇〇〇年の第一・四半期だけで、九一六社のベンチャー・キャピタルが、一〇〇九ものインターネット関連の新興企業に、一五七億ドルもの資金を投じた。
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 資金調達に成功した会社はと言えば、南海バブル時代さながらに、全くインチキなものが多かった。インターネット関連の新興企業の中から、いくつかの例を紹介すれば、次の通りである。

  ・デジセンツ社
 この会社は、パソコンに接続するとウェブサイトやコンピュータ・ゲームから、ほのかな香りが立ち昇るペリフェラル商品を開発し、販売することを目指していた。同社はベンチャー・キャピタルから調達した数百万ドルの開発資金を、あっという間に蒸発させてしまった。
(第4章 史上最大のバブル)

4.証券アナリストも謳い上げた
 過去においては、一〇の「買い推奨」に対して「売り推奨」はせいぜい一程度であった。しかるにインターネット・バブル相場の下では、その比率は一〇〇対一まで拡大した。そしてついにはほとんどの銘柄の株価が上昇の一途をたどるにつれて、アメリカの国民は株市投資ほど簡単なものはないと思い込んでしまったのだ。彼らは好んでお気に入りのアナリスが登場するCNBCの株式ニュースを見たものだが、アナリストの提案する根拠の乏しいストーリーに、聞き飽きることはなかった。やがてバブルがはじけた後に、著名なアナリストたちは「殺すぞ」という脅迫電話や集団訴訟の対象となり、彼らを雇っていた証券会社もSEOやニューヨーク州の司法当局によって取り調べを受け、罰金を科せられることになった。
(第4章 史上最大のバブル)

5.新しい株価評価尺度
 上昇し続けるネット関連銘柄の株価を正当化するために、アナリストたちは様々な「新しい株価評価尺度」を編み出した。つまるところ、ニューエコノミー銘柄は全く新種の企業群であり、オールドエコノミー銘柄群を評価するために従来から用いられてきた、古色蒼然たる評価尺度にとらわれては間違えると主張した。こうして株価収益率や株価純資産倍率、さらには株価売上高倍率といった尺度まで放棄され、全く新しい一群の株価評価尺度が編み出された。
 どういうわけか、インターネットの世界では、売り上げや利益などは全く重要ではないと考えられていた。インターネット企業を評価するために、アナリストたちは例えば「瞳の数」、すなわち企業の提供するサイトを見る人の数、あるいは「ヒット数」を重視した。
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 「マインド・シェア」という尺度の登場も、投資家が集団として正気を失ったと思わせる、もう一つの例である。例えばモルガン・スタンレーは、オンラインの住宅販売会社の一つ、ホームストア・ドット・コムを二〇〇〇年一〇月に強い買い推奨銘柄にあげたが、その根拠はインターネットを利用して住宅物件のサイトを訪れる人々のうち七二%が、同社に登録されている物件を見ているというものであった。しかし、「マインド・シェア」が高いことは、決してホームストアの登録物件の売買に直結しなかったし、ましてや同社の株価が、二〇〇一年のピークから九九%下落するのを防ぐ上で、何の効果も持たなかったのだ。
(第4章 史上最大のバブル)

6.メディアの責任
 株式市場と同様に、メディアもまた需要と供給の法則に支配されている。投資家がインターネット関連の投資機会に関するますます多くの情報をほしがったために、そのニーズに応えるべく投資情報誌類の供給も増加した。そして読者は先行きに否定的な慎重論には関心がなかったため、投機をけしかけるような内容の出版物が人気を博した。投資情報誌は、「二~三か月で倍になる株」といった特集を競って掲載したものだ。
 インターネットの分野に特化したビジネス誌やテクノロジー関係の雑誌も、次々に出版された。
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 こうした新手の雑誌がもてはやされることは、投機バブルが膨らむ時の古典的な前兆なのだ。歴史学者のエドワード・チャンセラーは、一八四〇年代にも新しい鉄道建設にテーマを絞った一四の週刊誌と、二つの月刊誌が発行されたと伝えている。しかし一八四七年金融危機の煽りを受けて、鉄道関連の出版を行っていた多くの企業が破綻したという。
(第4章 史上最大のバブル)

7.バブルの息の根を止めた不正の横行
 エンロンはもちろん、ウォール街のアナリスト連中のお気に入り銘柄であった。そして経営に綻びが見え始めた二〇〇一年秋の時点ですら、エンロンを担当していた一七人のアナリストのうち一六人は、同社株を「買い」あるいは「強い買い」推奨のリストに入れていたのだ。フォーチュン誌は旧来の電力会社やエネルギー企業を「ガイ・ロンバルディの曲に合わせてよたよたと踊る、昔かたぎの熟年夫婦たち」になぞられる一方、エンロンのことを「金色のラミネート製の衣装をぴったりまとった若いエルビス・プレスリーが、大音響とともに天井の明り取りを突き破って舞い降りたようなものだ」と称えた。
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 エンロンの経営陣が犯した不正行為の一つは、同社のひどい経営実態を覆い隠し、利益を水増しするために重層的に作り出された、夥しい数のパートナーシップ組織の濫用であった。
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 これらのパートナーシップはすべて簿外扱いで、エンロンの財務諸表からは隠されていた。これによって実態よりも大きく水増しされた利益が計上され、多額の損失や負債が隠蔽され続けたのだ。長年、同社の会計監査を担当していたアーサー・アンダーセン会計事務所は、同社の財務諸表は「適正に報告されている」と太鼓判を押し続けた。ウォール街の投資銀行も、次々と設立される独創的なパートナーシップに伴う様々な業務を引き受けることによって、巨額の手数料を手にしたのだった。
(第4章 史上最大のバブル)

8.危機は予知できたか
 例えばアメリカの産業史をひも解けば、一八五〇年に鉄道は通信および商業の効率を飛躍的に高めると広く期待され、実際その通りになった。しかし、そのことは鉄道会社の株価がどんなに高くなってもいいということではない。当時、鉄道株は桁並み投機的な高水準に達し、やがて一八五七年の八月にバブルが破綻した。また二〇世紀後半には、航空機やテレビの普及が、私たちの生活を大きく変えたが、航空会社やテレビ・メーカーへの投資は、初期の段階では報われなかったのだ。
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 私の個人的経験に照らしてみても、一貫して株式市場で負け続けているのは、チューリップ・バブルの時代から繰り返される、相場の過熱に身を任せてしまうタイプの投資家なのである。株式投資によって堅実に富を増やすことは、そんなに難しくはないのだ。後の章で取り上げるように、幅広く分散された株式ポートフォリオを買ってじっと待っているだけで、長期平均的にはかなり高いリターンを享受することができる。ただ気をつけなければいけないのは、一夜にして大金持ちになるかもしれないという投機の馬鹿騒ぎの中で、大切な財産を賭けたくなる誘惑に負けないことだ。
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 私の知人に比較的少額の手元で、債券や不動産投資および優良銘柄に分散投資した株式投信を保有し、一財産築いた男がいた。しかし彼も我慢しきれなくなった。というのも、いろいろなカクテル・パーティの席で会う人ごとに、やれあのネット株が三倍になっただの、このチップ・メーカーが二倍になったという話を、散々聞かされたからだ。
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 もちろん私の知人がブーを買ったのは、すっ高値の時であった。そして同社が破綻したために、文字通り全財産をなくしてしまったのだ。こんな恐ろしい過ちを犯さない能力こそが、結局のところ自分の財産を守り、増やすための最も重要な条件と言えるのではなかろうか。学ぶべき教訓は単純明快だ。しかし、それを実践するのは容易ではない。

  ※ まとめ
 株式市場は時として理屈に反した動きを示すことがあるからといって、ファンダメンタル価値が存在しないということにはならないということなのだ。むしろはっきりしたのは、「どんなバブルでも、やがて市場は自らを正す」ということだろう。
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 グレアムはその中で、「結局のところ、株式市場は美人投票の場ではなくて、価値測定の場である」と書いている。株価評価尺度が変わったわけではないのだ。どの株もその価値は、投資家から預かった資金に対してその企業が生み出せるキャッシュフローの現在価値以上でも以下でもないのだ。最後には真の価値が勝利を収めるのだ。
(第4章 史上最大のバブル)

 









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