ウォール街のランダム・ウォーカー(第9章 リスクをとってリターンを高める)

バートン マルキール (著), 井手 正介 (翻訳) 2007年5月25日


○ はじめに
 前章でも述べたように、架空の小島の経済と違って、現実の世界では分散投資によってもすべてのリスクを取り除くことはできない。なぜなら、株式というものは程度の差はあっても、同じ方向に上げ下げする傾向があるからだ。したがって、現実には分散投資はすべてのリスクではなく、ある程度のリスク低減をもたらすことになる。
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 資本資産評価モデルの背景にある論理は、分散できるリスクをとっても市場はプレミアムをくれないというものだ。だから、より高い長期平均リターンを得ようと思えば、分散しても取り除けないリスクをとらなければならない。そしてこの理論によれば、ちょっと気をきかせて、「ベータ」と呼ばれるポートフォリオのリスクの尺度を調整するだけで、市場平均より高い運用成績を上げ、リターン競争に勝つことができるというのだ。
(第9章 リスクをとってリターンを高める)

1.「ベータ」の福音
 総リスク、すなわちリターンの変動性の一部を証券の「システマティック・リスク」と呼ぶんだ。これは、市場全体の株価が変動し、また全部の株式が少なくともある程度は一緒に動く傾向があることから生まれるリスクである。株式のリターンの変動性のうち残りの部分は、「非システマティック・リスク」と言われる。これは、例えばストライキや新製品の発表など、その企業特有の要因によって生まれるリスクのことである。
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 システマティック・リスクは分散投資によっても低減できないということだ。というのは、すべての株式は多かれ少なかれ同じ方向に変動するため(株式の変動性の多くの部分はシステマティックなものであり)、分散されたポートフォリオであっても、このリスクからは逃げられないからである。
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 非システマティック・リスクとは、個別企業に特有の要因によって引き起こされる、株価(そして株式のリターン)の変動性のことである。大規模な新規受注の獲得、有望な鉱脈の発見、労働争議、財務部長の使い込みの発覚といったニュースの影響を受けて、株価は市場とは独立して動くことも多い。
 このような株価変動に伴うリスクは、まさに分散投資によって取り除くことのできる種類のリスクである。ポートフォリオ理論の核心となるのは、株価は常に一緒に動くとは限らないから、他の株式のリターンの変動と組み合わせることで変動性を低下させたり、なくすことができるというものである。
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 ポートフォリオに三〇銘柄を組み入れた時点で、非システマティック・リスクがかなり取り除かれ、そこからさらに分散投資を行っても、リスクはあまり低下しなくなる。よく分散された六〇銘柄を組み入れると、非システマティック・リスクはほとんど取り除かれ、それ以後このポートフォリオは(ベータが一だから)ほとんど市場と同じように動くようになる。
(第9章 リスクをとってリターンを高める)

2.CAMP旋風
 ある証券のリターンは、その証券の値動きの不安定性、すなわちその証券が生むリターンの変動性(標準偏差)の大きさと関連で決まると考えられていたのだ。しかし、新しい理論によれば、個々の証券の総リスク自体は期待リターンとは直接関連しない。証券の価格形成に関係があるのは、変動性全体のうちシステマティックな部分なのである。
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 およそ六〇銘柄のところで非システマティック・リスクが事実上、除去されるということなのだ。例えば自然災害が発生しても、為替レートがプラス方向に動くことによってその悪影響が相殺されるといったことが起こっているのである。残っているのは、ポートフォリオの中にある個別銘柄のシステマティック・リスクのみであり、それはベータで示される。
(第9章 リスクをとってリターンを高める)

5.より完全なリスク尺度はあるか
 システマティック・リスクの主要な要素のいくつかについて見てみよう。例えば、国民所得の変化も、個々の株式にはシステマティックな影響を与えるかもしれない。これは、第8章の単純な離れ小島の経済の例で示した通りである。また、国民所得の変化は個人所得の変化をも反映しいており、証券のリターンと給与所得との間の関係は、個人の行動に大きな影響を与えることが予想される。例えば、GMの工場労働者は同社の株式を保有することは特にリスクが大きいと感じるだろう。というのは、労働者が解雇される可能性とGMの株価の不振が同時に起こる確率が高いからである。国民所得の変化はまた、他の形の資産所得の変化も反映するため、機関投資家のファンドマネジャーにとっても重要な関心事項になるだろう。
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 金利が上がれば株価が下がる傾向がある限り、株式はリスクのある投資対象であり、金利変動の影響を受けやすい銘柄は特にリスクが高い。
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 インフレ率の変化も同じように、株式のリターンにシステマティックな影響を与える傾向が強い。その理由は少なくとも二つある。第一に、インフレ率の上昇は金利を上昇させるため、結果的に前述のように株価を低下させる傾向がある。第二に、インフレ率の上昇はあるグループの企業の収益性に悪影響を及ぼすかもしれないからである。例えば、公益企業の料金値上げは、コストの上昇にタイムラグをもって行われる。一方、インフレは、資源産業の株価にはプラスに働くかもしれない。したがって、ここでも、単純にリスクをベータで測っただけでは十分にとらえられない、株式のリターンとマクロ経済変数との間のシステマティックな関係が存在するのである。

  ※ まとめ
 残念なことに、完全なリスクの尺度は存在しない。資本資産評価モデルのリスクの尺度であるベータは一見素晴らしい。ベータは簡素でわかりやすい市場感応度の指標である。しかしながら、ベータにも欠陥があるのだ。長期間にわたって計測すると、ベータとリターンの間の実際の関係は理論が想定するような形にはなっていない。さらに個別銘柄のベータは対象期間によって値が不安定であり、計測する際の市場指数として何をとるかによっても影響されてしまう。
 リターンは市場全体の変動、金利やインフレの変化、国民所得の変化、そしてもちろん為替レートをはじめ、他の経済諸変数の影響も受ける。また、株価純資産倍率が低い銘柄や小型株は、常に高いリターンをもたらすことを示す研究結果もいろいろある。神秘的で完全なリスクの尺度は、依然として私たちの手の届かないところにあるのだ。
(第9章 リスクをとってリターンを高める)

 









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