ウォール街のランダム・ウォーカー(第10章 行動ファイナンス学派の新たな挑戦)

バートン マルキール (著), 井手 正介 (翻訳) 2007年5月25日


○ はじめに
 行動ファイナンスと呼ばれる新しい金融経済学の学者たちは、「その前提が間違っている」と声高に主張する。彼らに言わせれば、多くの(というよりほとんどの)投資家は、合理的な行動とは程遠い存在なのだ。あなたの友だちや知人、職場の同僚や上司たち、両親、それに連れ合いの行動をちょっと観察すればわかるだろう、と(もちろん子供たちにいたっては何を言わんやだ)。身の回りにいるこうした人々の中で、いつも非常に合理的に行動していると言えるような人はいるだろうか。
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 効率的市場理論も現代ポートフォリオ理論も、リターンとリスクの関係を扱う資産評価モデルもすべて、市場に参加する投資家は非常に合理的な人間だという前提の上に成り立っている。すなわち、投資家は全体としては投資対象となる株式の現在価値を合理的に推定して売買しており、市場では常にその銘柄の将来の利益や配当見通しを適切に反映した、公正な株価が形成されているはずだというのだ。
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 ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーの二人は、投資家行動に関する伝統的な学者たちの考え方をこっぱ微塵にうち砕いた功績によって、「行動ファイナンス」と呼ばれる全く新しい経済理論の父と称えられている。
 二人は単刀直入に、人々は経済学者が主張するほどには合理的に行動しないものだと主張した。
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 行動ファイナンス学派によれば、市場株価は実にあやふやなもので、株価が過剰反応することは例外的なことではなく、むしろいつもそうなのだ。その上、投資家は合理的に期待される行動から規則正しいパターンで逸脱し、非合理的な売買の間には強い相関関係があると言うのだ。
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 投資家の非合理的な行動をもたらすのは、(1)自信過剰、(2)偏った判断、(3)群れの心理、(4)損失回避願望、の四つの要因なのだ。
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 アービトラージの最も緩い定義によれば、ファンダメンタル価値に照らして割安と思われる銘柄を買い、同時に割高と思われる銘柄を売るような投資戦略も含まれる。こうしたチャンスに賭ける多数のアービトラージャーによる様々な裁定取引を通して、不合理な一物二価の状態が修正され、解消されて、効率的市場が保たれるのだ。
 こうれに対して行動ファイナンス論者は反論し、効率的市場を維持するのに必要なアービトラージは、様々な障害が存在するため実際には機能しないのだと言う。そして、裁定取引を通して株価がファンダメンタル価値に収斂すると考えるのは幻想だと言い切る。彼らの考えからすれば、株価は効率的市場の下で成功するであろう水準から著しく乖離することも大いにありうるのだ。
(第10章 行動ファイナンス学派の新たな挑戦)

1.個人投資家の非合理的な投資行動の解明
  ※ 自信過剰と過去の楽観
 認知心理学の研究者たちは数々の研究結果に基づいて、人々が不確実性の存在する中で判断を下すときはある規則性をもって間違いを犯すことを証明している。最も普遍的な傾向として指摘できるのは、自分の信念や能力に対する過信と、将来に対する過度の楽観主義である。
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 カーネルマンはこの自信過剰傾向はとりわけ投資家について顕著に見られると言っている。様々なグループの中でも、特に成功している投資家ほど、自分の運営能力に過大に評価し、偶然の果たす役割を認めない。彼らは自分の知識を過大評価し、リスクは軽視し、将来起こる事柄を十分コントロールしていると錯覚する傾向が強い。
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 投資家が「私は九九%の自信を持って、○○だと思う」と言う時、実際には八〇%程度しか当てにならないと考えるべきなのだ。そんなに自信を持って高い確率を約束する人は、自分の予想に不当に強い自信を持ちすぎているのだ。そしてまた、こと投資問題となると、男性のほうが女性よりも一般的にかなり自信過剰傾向が見られるという。
 投資家は自分の予知能力を過信し、将来見通しに関して常に楽観的すぎるのだ。こうした傾向は株式市場ではいろいろな形を取って繰り返し現れる。
 まず第一に、多くの個人投資家は根拠なしに市場平均に打ち勝てると固く信じている。この結果、投機に走り、また不必要な短期売買を繰り返す。この点に関して行動ファイナンス学者のテランス・オーディーンとブラッド・バーバーは、ある大手ディスカウント・ブローカーの個人投資家の売買記録を長期間にわたって分析した。その結果、売買頻度の多い投資家ほどパォーマンスが悪かったのだ。また男性のほうが女性よりもはるかに頻繁に売買を行い、したがってパォーマンスも劣ることがわかった。
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 人間はうまくいった場合には、それを自分の能力の結果だと考える強い傾向がある。そしてうまくいかなかった時には、めったに起こらない外的要因のせいにしたがるのだ。
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 全く価値のない投資サービスを提供している人々の多くは、自分たちのしていることが投資家のお役に立っていると思っている。フォーブス誌の発行責任者であるスティーブ・フォーブズはこのことの本質をよくわきまえた人物で、小さい時に祖父の膝で聞いた忠告を実践している。「投資アドバイスはもらうより売るほうが、はるかに儲かる」というものだ。
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  ※ 偏った判断
 私は運用成果を自分でコントロールできると固く信じている人に、毎日のように出くわす。とりわけチャーティストがそうだ。彼らは過去の株価パターンを見るだけで、将来がわかると信じている。
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 株式は長期的なトレンドとしてプラスのリターンをもたらすが、それを上回る過大なプラスのリターンの連続は決して持続しない。必ずその後に低水準あるいはマイナスのリターンが待ち受けている。つまり短期のリターンは平均に向かって収斂するのだ。同様に、金融の重力の法則は逆方向にも動く。少なくとも株式市場全体に関しては、下げ相場の後には必ず上げ相場が訪れる。それなのにその時その時の支配的な見方は、相場が異常に強い時には今後さらにそれが加速し、弱い時にはさらに落ち込むというものだ。
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 自分はある程度の結果を左右できるという幻想が、投資家をポートフォリオの中の負け犬銘柄にこだわらせるのだ。そしてその延長線上で、ありもしない株価トレンドや、将来の株価を予測する株価パターンの存在を信じるようになる。実際、何とか過去の株価データを予測できる可能性を探るために多大な努力がなされてきたにもかかわらず、時間軸の上での株価の動きは極めてランダムで、将来の株価は基本的に過去とは無関係なのだ。
 一般の人は厳密な統計学の原則を理解せず、「類似」や「代表性」に基づいた直感を用いて判断するため、問題が増幅される。
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 もしある人物が犯罪者のように思える(私の持つ犯罪者のイメージを代表している)という時、その人物が本当に犯罪者である可能性を判断するためには、犯罪者の基礎確率、すなわち社会全体に占める犯罪者の比率も十分考慮する必要があるのだ。しかし、様々な被験者のグループに共通する特色として、判断を下す際に基礎確率をほとんど考慮しないという強い傾向が見られる。わかったようなわからないような話かもしれないが、この「代表性の簡便的意思決定法」という傾向は、人気の投資信託信仰や、最近の実績のナイーブな将来への延長を含む、株式投資面でよく見られるいくつかの誤りを説明してくれるように思える。

  ※ 群れの心理
 多くの研究結果によれば、一般にグループとしての判断のほうが、一人一人の判断より優れていることが多い。より多くの情報が共有され、より多面的な見方が考慮に入れられ、より多くの人が議論に参加するほどよりよい判断が導かれる。
 多種多少な消費者と生産者の無数の意思決定が、経済全体としては市民が必要とする財やサービスが提供されることを可能にする。需要と供給の力関係に対応することを通じて、アダム・スミスの見えざる手に導かれて価格メカニズムが財やサービスを必要な量だけ提要されることを保証するのだ。共産主義中央計画経済が高い代償を払って学んだように、中央政府の全知全能のエリート官僚たちは、必要な財やサービスを生産するための資源配分に関しては、効率的な市場メカニズムの足元にも及ばなかった。
 同様に、無数の個人や機関投資家の「売り」「買い」の意思決定の総和として均衡株価が形成され、どの銘柄も同じ程度に魅力的になるような株価がついている。
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 読者のみなさんが先刻ご承知のように、市場はどんな時でも正しく株価をつけられるわけではない。時として群集の熱狂が市場を席巻する局面があることは、一七世紀オランダのチューリップ・バブルに始まり、今世紀冒頭のインターネット・バブルに至るまで、見ての通りだ。そして、行動ファイナンス学派が重視するのは、この「病的な」群れの心理なのだ。
 群集行動の研究対象として最も代表的な現象と考えられているものに、「集団思考」と呼ばれるものがある。これは個々人が集団で行動することによって、ある間違った考え方が訂正されるどころか増幅されて、あたかも正しい考え方であるかのように広く共有される現象を指す。
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 確かに株式市場は長期平均的には高いリターンをもたらしてきたが、実際に平均的な個人投資家が手にしたリターンは、それを大幅に下回るものにとどまるのだ。それというのも、投資家は熱狂的なブームで相場がピークをさしかかる頃に、本格的に投資信託を購入する傾向が強いからだ。例えば、二〇〇〇年三月までの一年間に株式投信に対して新規に流入した金額は、それ以前のどの一年間よりも大きかった。そして、バブル崩壊後の相場の暴落が大底を迎えつつあった二〇〇二年の秋には、逆に個人投資家は株式投信を大量に投げ売りして、資金回収に回っていた。ダルバー・アソシエイツの調べによれば、この売買タイミングの選択の問題いのせいで、平均的な個人投資家が手にするリターンは、市場インデックス・ファンドをずっと保有している場合に比べて五%は低くなっていると考えられる。
 その上、投資家は直近に高いパフォーマンを上げた投資信託を選ぶ傾向がある。例えば二〇〇〇年の第一・四半期には巨額の新規資金が株式投信に流入したが、そのすべてはハイテク成長株ファンドに向けられた。一方、バリュー株ファンドは大量の解約に見舞われたが、その後二年間に成長株ファンドの価格は大幅に下落した中で、バリュー株ファンドは多少とも値上がりしたのだ。
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 行動ファイナンス理論が個人投資家にもたらした最も大切な教訓は、決して集団自決的な行動に身をゆだねてはいけないということだ。

  ※ 損失回避願望
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 カーネマンとトヴェルスキーは、個人の投資意思決定は価値の最大化というよりは、利益あるいは損失がその人々の持つ効果に与える影響の大きさに依存すると考えた。そして通常金額が同じなら、損失のほうが利益よりもはるかに望ましくないもの(大きなマイナスの効用)と受け止められると言う。
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 カーネマンとトヴェルスキーは、平均的投資家にとって損失は同額の利益に比べると二.五倍も望ましくないものだと言う結論に達した。つまり、一ドルの損失は一ドルの利益の二.五倍も大きな痛みと受け止められるのだ。
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 多くの人は極端に損失を回避したがるのだ。後に取り上げるように、実はこの強い「損失回避願望」が、いろいろな高くつく投資の失敗につながるのだ。
 しかし興味深いことには、選択肢の一つが確実に発生する損失である場合には、圧倒的に多くの被験者はうまくいけば損失を避けられる可能性のある賭けのほうを選ぶ傾向があることがわかった。
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 確かに損失が発生する場合には、人々はむしろリスク(不確実性)があるほうを選ぶのだ。
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 一万人の投資家の取引行動を調べたところ、どの銘柄を処分するかに関して際立った傾向があることがわかった。すなわち個人投資家は、値上がりした銘柄を処分し、値下がりしている銘柄は持ち続けるという、はっきしりした選択を持っているのだ。うまくいって値上がりした銘柄を売れば売却益が得られ、自尊心は大いに満たされる。逆に値下がりしている銘柄を売れば、現実に損失が発生し、自尊心も大いに傷つく。
 こうした損失回避行動は、合理的な投資理論の下では明らかに最適な選択ではない。常識的に言っても馬鹿げているように見える。というのは、値上がり銘柄を処分すれば、それが非課税口座でない限りキャピタルゲインが発生する。一方、値下がり銘柄を処分する場合は、キャピタルゲインは発生せず、またある範囲では他の銘柄の値上がり益と相殺できる。仮に値下がりしている銘柄が近い将来値上がりする可能性が大きい場合でも、とりあえず処分して損失を出し、値上がりの期待できる同様なリスクカテゴリーの他の銘柄を新たに購入すればいいわけだ。
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  ※ 裁定取引(アービトラージ)の限界
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 個人投資家はしばしば経済学者の考える合理的な最適選択とは矛盾する、非合理的な行動を取る。そして最も病的なケースになると、人々は集団で正気を失い、あるタイプの銘柄群の株価を異常な高水準にまで吊り上げてしまうのだ。こうしたケースでは個々人の非合理的な行動が相互に打ち消し合うのではなく、むしろ同じ方向に加速するために効率的な株価形成など絵空事になってしまう。
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 ヘッジファンドという最もレベルの高い投機的機関投資家が、バブルの局面で行き過ぎた株価形成を修正する働きを全くしていなかったことがわかったのだ。実際にはヘッジファンドは、行き過ぎにつけ込んでバブルをつぶすのではなく、むしろそれを増幅する形でバブルに便乗していた。すなわち、一九九八年から二〇〇〇年初めにかけて、ヘッジファンド全体ではインターネット銘柄を買い増していたことが判明したのだ。ヘッジファンドが取ったこの戦略は、ナイーブな個人投資家の間に燃え広がる投機熱と集団思考が、行き過ぎた株価をさらに加速させるに違いないという確信に基づいていた。つまりヘッジファンドは、第1章で紹介したケインズの新聞紙上の美人投票と地で行ったわけだ。三〇ドルで取引されている銘柄の本当の価値は一五ドルしかないとしても、どこかのより愚かな投資家がそれを六〇ドルで買いたいというなら、三〇ドルは安い買物だというわけだ。
(第10章 行動ファイナンス学派の新たな挑戦)

2.行動ファイナンス理論から得られる教訓
 アマチュアのテニスでは派手なアクションに走らず、相手のサーブをきっちりと打ち返すことに徹しるプレイヤーが、大抵の場合、試合に勝つ。それと同じように、地道に幅広い銘柄に分散投資したインデックス・ファンドを辛抱強く持ち続ける投資家こそが勝利を手にする。自分を敵に回してはいけない。

  ※ 群集の暴走に巻き込まれるなかれ
 行動ファイナス学者によれば、群集の暴走に巻き込まれるメカニズムははっきりしている。ネット株が値上がりを続けている局面では、自分も一枚かんで幸せな気分に浸りたいという誘惑に抵抗するのは難しい。特に親しい友人たちが大儲けした手柄話を得意げに吹聴するのを聞くと、なおさらだ。個人の投資意思決定に対して身の回りの友人たちが与える影響の大きさは、多くの研究結果が共通に示しているところである。
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 人々が好んで話題にしたがるような投資対象は、あなたの財産の健康にとって特に有害だ。
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 一つの時代に最も人気を博する銘柄やファンドは、その次の時代には例外なく最悪の結果に終わる。そして群集心理というのは、幸福の絶頂にある時にさらに大きなリスクをとりたくさせるように、逆に悲観論が支配する暴落の局面では最悪のタイミングで全員にタオルを投げ入れさせるように働くのだ。
 メディアもまた、世間の関心を煽るために下げ相場のきつさをことさら誇張して宣伝し、集団自決的な行動に拍車をかける。こうしたマスコミの不必要な雑音を除いても、株価の大きな下落は理性よりも感情に依存した売買の意思決定を助長するものだ。
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  ※ どうしても売る必要があれば儲かっている銘柄ではなく、損している銘柄を売れ
 人々は一般に、値上がりしている銘柄を売って利益を出すことの喜びよりも、値下がりしている銘柄を売って損を出す痛みのほうに遥かに大きな重みを置くものだ。
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 市場の暴落過程で、値下がり銘柄を売らずに持っているほうが賢明な場合もある。その銘柄の業績見通しが基本的にしっかりしていて、遠からず株価が大きく回復することが見込めるような場合だ。そういうケースでは、手放したすぐ後に株価が上昇に転じたりすると二重に後悔する。しかし、エンロンやワールドコムのように、明らかに銘柄選択を間違ったと分かっているのに、売らない限り損失は出ないという理由で持ち続けることは全くナンセンスだ。
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  ※ その身を滅ぼす投資戦略
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 私のアドバイスは、IPOを公開価格で買ってはいけないし、また公開直後に公開価格を上回る株価で売買されるIPO銘柄は絶対に買ってはいけないということだ。歴史的に見て、IPO投資の平均的なパフォーマンスは全然よくなかった。すべてのIPO銘柄の公開後五年間の平均リターンを詳しく調べたところ、市場平均より年平均四%も低かったことがわかっている。
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 個人投資家にとってのIPO投資の結果は、さらにひどいものだ。というのは、本当に将来性のあるIPO銘柄を公開価格で手に入れられる可能性はまずありえないからだ。そうした魅力的IPO株は、引き受け投資銀行の大口顧客となっている大手の機関投資家や、非常に裕福な個人投資家にかっさらわれてしまっている。もし取引のある証券会社から電話がかかってきて、「いいIPO株がありますよ」と言われたら、まずその銘柄は負け犬だと思っていい。大手の機関投資家や上得意の個人にはめ込めないような時だけ、証券会社は小口の個人投資家に声をかけてくるというわけだ。したがって、個人投資家は公開価格で入手できるIPO銘柄は最悪のものだけだということになる。こうしたIPO投資ほどあなたの財布を痛めつける投資戦略を、私は他に思い浮かべることはできない。
(第10章 行動ファイナンス学派の新たな挑戦)

 









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