ウォール街のランダム・ウォーカー(第11章 効率的市場理論に対する攻撃はなぜ的外れなのか)

バートン マルキール (著), 井手 正介 (翻訳) 2007年5月25日


1.効率的市場の定義
 一〇〇ドル札が落ちている所にさしかかって、ファイナンスの教授と学生が交わす有名なジョークから始めよう。お札を見つけた学生が立ち止まって拾おうとすると、教授はそれをたしなめて、「よしたまえ。もしそれが本物のお札なら、今まで放置されているはずがないだろう」と言ったというものだ。
 市場は時として、一九九九年から二〇〇〇年初めにかけてのバブルに見られたように、価値評価を大きく間違えることがある。しかし、そのことと市場が効率的であることとは、必ずしも矛盾するわけではない。また、多くの参加者が非常に非合理的な判断を下していても、市場は効率的でありうるのだ。
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 個人や機関投資家を問わず、リスクを適切に調整し、税金や売買手数料を差し引いた後で、市場平均を上回るリターンを継続して稼げるような投資戦略を編み出すことに成功した例は存在しない。
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 この本の初版の中で、私はこの信念をもっと刺激的に表現した。すなわち、目隠しをしたチンパンジーにダーツを投げさせて、ウォールストリート・ジャーナルの株式相場欄から選んだ銘柄のポートフォリオでも、プロの運用するファンドと全く同じようなパフォーマンスを上げられる、と言ってのけたのだ。もちろん、より正確に言えば、ダーツではなく、相場欄にタオルを投げ入れてそれで覆われた幅広い銘柄に分散された、低コストのインデックス・ファンドを保有するべきだと言いたかったのである。
 私はインデックス・ファンドというアイデアが優れていることを、今では以前にも増して強く確信している。効率的市場理論にたてつく人々は必ずやしくじるだろう。別の言い方をすれば、効率的市場論はどんな投石器や弓矢による攻撃からも、きわめて効率的に身をそらすことができるのだ。
(第11章 効率的市場理論に対する攻撃はなぜ的外れなのか)

2.的外れな効率的市場理論への反証
  ※ 「ダウの負け犬」戦略
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 「ダウの負け犬」戦略のパフォーマンスがダウ平均を年に二~三%上回っていることを発見し、この戦略では他にリスクをとる必要もないと指摘した。
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 一九九〇年代の中頃までには、格式を誇るモルガン・スタンレー・ディーン・ウイッターやメリルリンチといった証券会社によって、二〇〇億ドル以上のミューチュアル・ファンドが「ダウの負け犬」ファンドとして売り出されている。そして予想通り、大勢の投資家が同じゲームを始めた途端、負け犬は本当の負け犬になってしまったのだ。
(第11章 効率的市場理論に対する攻撃はなぜ的外れなのか)

3.より高度な効率的市場理論への反証
  ※ 「トレンドを味方につける」戦略(別名「短期モメンタム」戦略)
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 いくつかの研究結果は、この純粋なランダム・ウォーク・モデルの結論に矛盾する結果を示している。それによれば、株式市場にはある程度の「モメンタム」が存在し、短期的には株価の変動にある種のパターンが認められるというのだ。
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 行動ファイナンス学者によれば、市場が短期間の記憶を持っていると主張する仮説は、人間の心理的なフィードバック・メカニズムで十分説明できるという。個人投資家が相場の持続的上昇を見ると、自然に乗り遅れまいとする気持ちから引き込まれてしまうというのだ。
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 モメンタム戦略を採用したいくつかの投資家の実例を調べてみると、統計学的にモメンタムが強く働いていたと思われた時期にすら、彼らのパフォーマンスはバイ・アンド・ホールドよりも遥かに悪かったことがわかっている。
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  ※ 「期初PER」戦略
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 投資時点のPERが低いほど、実現総リターンが高くなる傾向が認められる。キャンベルとシラーの研究では、長期間の実現総リターンのうち約四〇%は、期初のPER水準に依存するという結果が出ている。
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 第一に、彼らの実証結果は、効率的市場理論と全く整合的かもしれないということである。例えば、株価が一株当たり利益に対して相対的に低い時はおそらく金利水準が高く、したがってすべての金融資産に要求されるリターンも高いはずである。実際、長期国債の利回りが一〇%台に高騰した一九八〇年代初めには、アメリカ市場の平均PERは非常な低水準にあった。第二に、これらのパターンを盲目的に信頼すると、大きな判断ミスを犯すことになりかねない。例えば、一九九二年時点の市場平均PERは二〇倍を上回る非常な高水準にあった。
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  ※ 「いつか来た道」戦略(別名「長期のリターン・リバーサル」戦略)
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 最近の株価パフォーマンスが比較的ひどい銘柄を買う、いわゆる「逆張り」戦略のパターンは、最近のパフォーマンスがよかった銘柄を買う場合を上回るかもしれないのだ。これが投資家にもたらす教訓は、行動ファイナンス学派が主張するように市場は過剰反応することから、人気銘柄を追わずに見向きもされない銘柄を発掘すべきだということである。
 この「リターン・リバーサル」現象は、これまで存在が確認され、あるいは存在すると考えられるすべての予測可能パターンの中でも、最も信頼性が高く、投資家にとって役立つ可能性が大きいため、私にとっても衝撃的であった。確かに、第1部で検証した結果は、株式市場では気まぐれや流行にもそれなりの役割があるということを明確に示している。ブルーチップと呼ばれる大型優良株が全盛の時もあれば、インターネットやバイオ関連銘柄が投資家の夢をかき立てる局面もある。その時々の流行が何であれ、すべてが余すところなく株価に反映され、ピーク時に手を出した投資家はひどい火傷を負うことになる。投資家が何の保証もない「バブル」の頂点で買うことを避けられれば、投資上の重大な誤りを回避することができる。同様に、過度に人気のある銘柄が投資対象としてはお粗末だとわかれば、最近投資家に無視されている銘柄、投資の世界における醜いアヒルの子が、脚光を浴びる日が来るかもしれない。特に、こうした市場の逆を張るアプローチが(不人気だからという理由だけで買うのを避けるために)ファンダメンタル・アプローチと合体すれば、強力な投資戦略になるかもしれない。
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 私は株式市場は基本的には合理的であると信じている。株式市場では時として人気や流行りが過熱することもあるし、同様に、悲観的な観測が行き過ぎることもある。それだからこそ、ファンダメンタル価値学派の理論に従って本質価値を重視する投資家から見れば、これまでリターンが低かった銘柄が将来高いリターンを生む傾向が生まれるのである。専門的な統計的分析によってもこの傾向がある程度認識されていることを知れば、投資家はさらに安心して、逆張り戦略をファンダメンタル分析アプローチと組み合わせて活用できるというものだ。
 しかし、統計的な関係が弱く人気のない銘柄は、それなりの理由があって不人気なのかもしれないし、おそらくリスクも高いのだろうということは、覚えておいてほしい。
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  ※ 「小さいことは美しい」戦略
 株式投資のリターンに関して研究者たちが見つけた最も強いパターンは、長期で見れば小型株は大型株よりもリターンが高い、いわゆる「サイズ(規模)効果」であろう。一九二六年以来、小型株は大型株を平均して約一.五%ポイントも上回るリターンを上げ続けてきた。
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 第一に、小型株のほうが大型株よりもリスクが大きく、投資家にとって高いリターンは当然かもしれないということである。したがって、「小型株効果」が将来にわたって持続したとしても、こうした発見が市場の効率性を否定するものかどうかはわからない。
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 小型株のリターンが高いのは、単に期待リターンが実現しないことも承知の上でより大きなリスクをとる投資家に対する、当然の報酬なのかもしれない。
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 いま入手できる企業のリストには競争に生き残った企業だけが含まれ、途中で倒産した企業はすでにデータから脱落しているのである。
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  ※ 株価収益率(PER)の低い銘柄の投資リターンは高くなるか
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 利益の成長性予想は非常に難しいため、代わりに投資対象を低株価収益率の銘柄に絞るアプローチがいいということだ。もし成長が実現すれば、一株当たり利益も株価収益率も上昇し、二重の恩恵にあずかれる。逆に株価収益率の高い銘柄を買って、成長が実現しなければ踏んだり蹴ったりである。一株当たり利益も株価収益もともに低下するからである。
 利益だけでなく、売り上げやキャッシュフローなどに関しても比較的倍率の低い銘柄を集めたポートフォリオは、リスク調整後でもしばしば平均を上回るリターンを上げているという研究結果がいくつもある。この戦略は一九七〇年代後半にサンジェイ・バスによって初めて実証され、その後過去二〇年間についても何人かの研究によって確認されている。
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 株価収益率の低い銘柄の高いリターンには、もっともな理由がある場合が多いことも忘れてはいけない。しばしば、財務上の困難に直面した企業の公表利益に基づく株価収益率は非常に低くなる。この場合、低い株価収益率はそれだけお買い得ということではなく、その企業の経営の健全性に対する重大な不信感を反映したものと考えるべきである。また、公表された利益数字の信憑性が疑わしいことへの懸念が、低い株価収益率に反映されているケースも考えられる。
(第11章 効率的市場理論に対する攻撃はなぜ的外れなのか)

4.なぜプロですら的を外すのか
 今から振り返れば、インターネット市場(そしてそのインフラとなるテレコム業界)の成長可能性について当時受け入れられていた予想は、とても正当化できない法外なものであったということができる。そしてまたニューエコノミーについても、その成長率の水準、安定性、持続期間に関する当時の予想は、今から見れば間違っていたと言える。しかし興味深いことに、当時、ハイテク銘柄の株価水準は適切だと主張していたのは、他ならぬプロの投資家たちだったということだ。そしてまた、インターネット銘柄を率先して顧客に熱心に推奨することによって、インターネット・バブルの引率役を務めていたのは、モルガン・スタンレーなどの名だたる大手投資銀行のトップ・アナリストたちだったし、ハイテク銘柄中心のポートフォリオ運用を行っていたのも、年金や投信といったプロの機関投資家だった。
 今から見れば、これらのプロが著しく間違っていたと指摘することはできる。しかし、あの状況で株価が行き過ぎていると思っても、どのように裁定を働かせばよいのか、全くはっきりしなかったことも事実だ。アナリストたちの成長予想に異論を唱えることはできたかもしれない。しかし、インターネットの利用者が半年ごとに倍増していた当時の状況下で、株価水準の前提になっていたアナリストの高い成長予想が絶対に間違いだと確信を持って言えただろうか。結局のところ、あのグリーンスパンFRB議長ですら、ニューエコノミーの持続性にお墨付きを与えたではないか。後になって、いろいろ批判することはたやすい。しかし、事前に見通しは全くつかないのだ。
(第11章 効率的市場理論に対する攻撃はなぜ的外れなのか)

5.そして勝者は・・・
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  ※ プロの投資家のパフォーマンス
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 二〇〇一年一二月に終わる二〇年間について見ると、時価総額の大きい銘柄(ラージ・キャップ)を中心に積極運用される株式投信が稼ぎ出したリターンは、S&P五〇〇指数平均を年平均で一.五%近くも下回っていた。また、一年ごとではともかくどの一〇年間をとってみても、プロが運用する投資信託の三分の二以上が、幅広く分散投資された市場インデックス・ファンドを単にじっと持っている場合よりも成績が悪かったのだ。
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 また外国市場について調べても、株式以外資産クラス、例えば債券や不動産投信について見ても、全く同じ結論が得られるのだ。
 確かに、常にいくつかの投資信託はある期間、市場平均を上回り続けて話題になる。
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 これらの研究の多くには「生存者バイアス」と呼ばれる問題がある、つまり、長期間にわたり存続したファンドのみを研究対象にする一方で、成功せずに途中で消え去ったファンドの多くを研究対象から除外することによってバイアスが生まれている、と確信を持って言える。
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 成功したファンドだけが生き残る傾向があり、こうしたファンドだけを対象にしてリターンを計測するのは、ミューチュアル・ファンドの成功を誇張することになる。さらに、不成功だったファンドはサンプルから除外されがちなため、高いリターンは持続する傾向が示されるのだ。投資家にとっての問題は、投資する時にはどのファンドが成功して生き残るかの判断がつかないということである。
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 よくミューチュアル・ファンドの素晴らしいパフォーマンスが金融関連の雑誌で取り上げられているが、それはここで言う生き残ったファンドの話である。そしてどのファンドが生き残るかは全く予測がつかないのだ。
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 プロが運用するファンドは全体とし一貫してインデックス・ファンドに負け続けている。そのうえ、第8章で示したように、ある年に超過リターンを上げたファンドでも翌年には同じことが続かないのだ。単に生き残ったファンドだけでなく、すべてのファンドを対象に考えると、ミューチュアル・ファンドのパフォーマンスには信頼に足る一貫性は何も見い出せない。

  ※ まとめ
 株価は驚くべき効率性を示していることを示す豊富な証拠には唸らざるをえない。過去の株価に込められた情報も、一般に公表されたファンダメンタルな情報も、すばやく市場に織り込まれる。株価は重要な情報を非常に適切に織り込むため、ランダムに選んだ銘柄のポートフォリオ、あるいはパッシブ運用された株式ポートフォリオが、専門家が運用するポートフォリオと同程度か、それを上回る運用成績を上げるのである。もし株価形成にある程度の間違いがあっても、それは決して長くは続かない。
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 株式市場がある限り、投資家全体が間違えることはありうるのだ。そして疑いもなく、投資家の中には非合理的な判断をする人も多い。したがって、非合理的な株価形成や超過リターンが予測できるようなパターンがしばしば起こり、ある期間持続することもありえよう。
(第11章 効率的市場理論に対する攻撃はなぜ的外れなのか)

 









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