敗者のゲーム(新版) なぜ資産運用に勝てないのか(終章 敗者のゲームに勝つために)

チャールズ・エリス (著)  2003年12月4日


 運用における最大の責任者は運用機関ではなく、投資家自身である。
 投資政策を決定する責任と、日々の運用の執行責任は別のものである。運用機関に任せるのはあくまで日常のポートフォリオ管理業務である。投資家は、投資の目的と手段を決定する責任を放棄してはならない。
 投資家は、自分の置かれた投資環境、リスクに対する精神的許容度、マーケットの歴史を詳しく把握しておく必要がある。市場の現実と、投資家側の経済的・精神的なニーズの間にずれが生じると、決して良い結果は生まれない。
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 アクティブ運用に勝つ唯一の方法は、他の投資家のミスに、相手よりも素早く乗じることである。したがって、ほとんどの投資家と運用機関は思うような結果を出せないだろう。投資とは「敗者のゲーム」なのである。
 しかし、「敗者のゲーム」に勝つ方法もある。それは、そもそもプレーしないこと、少なくとも通常のルールでプレーしないことである。
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 高いリターンを得るには、ある程度、市場水準以上のリスクを取らなければならない。株式投資をするということである。ポートフォリオの最適な資産ミックスは、自分の置かれた経済的・精神的条件の下で、長期間維持できる最大限の株式を組み込むことである。
 マーケットは短期的には大きく変動するが、長期的な変動は緩やかである。このことを理解しておけば、多少の変動はびくつかないですみ、あくまでも長期的な投資目的達成に専念できる。要は、投資家にとって最大の武器である「時間」を十二分に活用することである。
 株価がある程度下がるのは、日常茶飯事のことと割り切った方がよい。マーケットは日々変動する。また、インフレによって資産価値も少しずつ減り続ける。しかし重要なのは「大きく負けないこと」である。
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 難しい問題の解決策はしばしば、「問題の設定自体を考え直す」ことから生まれる。そうした観点から、私の努力は、市場に勝とうという虚しい努力を続ける「敗者のゲーム」から、長期資産配分と運用基本政策の確立・堅持という「勝者のゲーム」へと移っていった。
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 市販されている投資関係の書類のほとんどは、個人投資家がプロの投資家に勝てるという、とんでもない幻想を売っている。これは不可能な話である。
 実際、個人投資家はプロの投資家に「勝つ」必要はない。マーケットに勝たなくとも、投資に成功することはできる。
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 医学界において最先端を走る私の二人の友人は、医学におけるこれまで最大の発見はペニシリンと、まめに手を洗うこと(これによって、助産婦を経由した妊娠間の感染症が激減した)だと言っている。また、長生きの秘訣はまさしく煙草を吸わないことと、運転中にシートベルトをすることだろう。優れたアドバイスは必ずしも複雑である必要はない。
 慎重に検討された投資政策を選択し、その政策を守り続けることこそ、投資で成功する:最良の近道である。そのために、何か複雑な行動を必要とするわけではない。ただマーケットの上昇・下落に振り回されてじたばたしないことである。
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 投資政策を策定するには、証券分析やポートフォリオ運用などの専門知識や経験は特に必要ない。必要なのはただ三つである。
 (1)自分自身の長期的な目的や利益を掘り下げて理解しようとする意欲
 (2)本書で述べた、「ミスター・マーケット」のいたずらなど、資本市場に対する基本的な理解
 (3)自分の投資目的に見合った投資政策を決定し、それを堅持すること
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 「マーケットに勝つ」ことが難しくなったのは、プロのファンド・マネジャーたちがきわめて優秀であり、まじめであり、しかもその数が非常に多いことに起因する。だからこそ長期にわたって他のプロよりも「大きく勝つ」ことはほとんど不可能になってきている。
 「マーケットに勝とうとすること」には、大きく二種類の問題がある。第一に、勝つことは非常に難しくなっていると同時に、逆に大きく負ける可能性は高くなってきているという点である。第二に、「マーケットに勝とうとすること」だけに目を奪われて、投資家自身と運用機関が長期的な投資目的の遂行から外れてしまうという点である。投資の目的とは、「マーケットに勝つ」ことではなく、投資家の個別のニーズに最も適した投資を実践することなのである。
(終章 敗者のゲームに勝つために)










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