ピーター・リンチの株式投資の法則(第5章 マゼラン・ファンド・中期)

ピーター・リンチ (著), 酒巻 英雄 (監訳) 2002年3月14日


○ ワンマン・ショートとはほど遠く
 いったん、注文リストを出したら、主要な業務である企業調査に没頭する。その方法は、アナリストと大きく違わない。ヒントを求めて、公開されている文書を読み、さらに深いヒントを求めて、アナリストや企業のインベスター・リレーション担当者と会話をしたり、直接、企業訪問するなどして生きた情報を収集するのであった。
 電話や面接の後、メモを走り書きする。会社名と現在の株価、二~三行で聞いた話の内容をまとめる。思うところ、調査ノートを書き続けることは役に立つ。ノートなしでは、なぜその銘柄を買ったのか、すぐに忘れてしまうからである。
(第5章 マゼラン・ファンド・中期)

○ 沈黙しないパートナーたち
 もし読者がある企業に投資しようと思っているならば、小学生がわかる程度の言葉で、生徒が退屈にならないテンポで、簡素にその理由を述べられるようにすべきだろう。
  ・
  ・
  ・
 情報の発信者をよく知らないようであれば、セールスマンが奨める銘柄をうのみにすることは危険である。有名なアナリストのなかにはエアコンのきいた部屋におさまっているだけの人もいる。彼らは、『インスティテューショナル・インベスター』誌でオールスター(最優秀)・チームに選ばれているかもしれない。だが、そういったアナリストとはいえ、熱心に取材をしているかどうかは疑わしい。
 アナリストは上司や顧客に紹介するためのアイデアや、言い訳を考えるのにより多くの時間を使い、地道な調査に取り組んでいない。毎日、いくつもの企業に電話をし、訪問を繰り返すアナリストは珍しくなった。
(第5章 マゼラン・ファンド・中期)

○ 我慢強さは金になる
 最も注目していたのは、外食チェーンと小売業の持つ長期的な成長力であった。全国展開により、こうした企業は、今後一〇年から一五年にわたり、年率二〇パーセントの成長を維持できるだろう。計算上では、非常に魅力的な投資対象であり続ける。もし、収益が年率二〇パーセントで増大するならば、三年半で倍増、七年で四倍となる。過去の経験から、株価上昇は、しばしば収益の拡大スピードを上回る。これは、投資家が企業の将来性に対して多額のプレミアムを払おうとするかである。
  ・
  ・
  ・
 さまざまな産業の栄枯盛衰を見て、循環株や割安に放置された株に投資すれば、二倍~五倍にできたのに対して、小売りや外食株からは、さらに大きな成果を得ることができると学んだ。ハイテク成長株(コンピュータ・メーカーや、ソフトウェア・ハウス、医療・医薬関係)と同じぐらい速く成長するだけでなく、それらは通常、ハイテク成長株よりもリスクが小さかった。コンピュータ会社は、ライバルがより高性能の機種を発表すれば、一夜にして企業価値は半減することがありうる。だが、ニュー・イングランドにあるドーナツのフランチャイズ・チェーンは、オハイオでもっとおいしいドーナツの店がオープンしても、一夜にしてビジネスがだめになることはないだろう。ライバルが進出してくるまでには時間がかかるし、投資家はその成り行きを十分察知することもできる。
  ・
  ・
  ・
 ペップ・ボーイズ、セブン・オークス、チャート・ハウス、テレクレジット、クーパー・タイヤといった、お気に入りの銘柄に私はある共通点を見出しはじめた。これらはいずれも、強固なバランス・シートと魅力的な将来性を備えていた。しかし、多くのファンド・マネジャーは、あえてそれらを買わなかった。先に述べたように、保身に走るファンド・マネジャーは、メキシコに工場を持つセブン・オークスのような型破りな銘柄を避けて、IBMのような隠当な銘柄に、自然と引き寄せられてしまう。もし、セブン・オークスで失敗するならば、ポートフォリオに組み入れた本人が、非難を浴びるだろう。だが、IBMだと、非難はIBM自体に向かいファンド・マネジャーの責任は軽減される。
  ・
  ・
  ・
 八二年の前半は、株式市場は厳しい状況であった。プライムレートは、インフレと失業増加のなか、二桁台に達した。郊外に住む人々は、金や拳銃を買い、缶入りスープを買いだめした。ここ二〇年、釣りに行っていないビジネスマンすら、食料品店の倒産に備えて、リールにオイルを差し、釣具箱の中身をそろえた。
 金利がとても高かったので、ファンドで最も大きいポジションは長期国債であった。一三~一四パーセントの利回りであった。株価の下落を恐れて債券にシフトしたのではなく、通常の株価の期待リターンを債券利回りが上回ったから、購入したのであった。
  ・
  ・
  ・
 もし、金融の全面的な大崩壊が襲ってきたら、銀行にあるお金だって、株券と同じくらい使いものにならなくなってしまう。一方、大崩壊が襲ってこない場合(記録によると、最も可能性は高い)、価値ある資産を売ってしまうような「注意深さ」は、実は一番「無謀」な行為なのである。
 八二年初めにも、最悪シナリオが起こることはないという前提で、いつもどおりの投資スタンスをとり続けた。金利は遅かれ早かれ低下するだろうし、そうなったとき、株式と長期債の保有者は大きな利益を手にするだろうと考えた。
 事実、S&P五〇〇種指数は、八二年から九〇年にかけて、四倍となった。
  ・
  ・
  ・
 暗く重苦しいこのころ、経済評論家たちは、まるで自動車販売の不振が永久に続くかのように、そのことばかり繰り返していた。人々は、不況であれ不況でなくとも、自動車販売のショー・ルームに返ってこなければならないだろう。よほどのことが起こらない限り、アメリカ人は自動車を買わなければならない。
 八二年三月に、クライスラー株を買ったのはそんな理由であった。実際には、クライスラー株を買ったのはある種のひらめきの結果であった。自動車株の反転を狙うということで、フォードに注目していた。そして、フォードへのヒアリングで、クライスラーがもっと大きいメリットを受けると確信した。一つのことを調査することが、結果的にいくつかの発見につながる。
 クライスラー株は、当時、たったの2ドルであった。ウォール街は、第三位の自動車メーカーの倒産を予想していたし、第二のペン・セントラルになるのではないか、と言われていた。ざっとバランス・シートを調べてみると、クライスラーは、ゼネラル・ダイナミクスへの戦車事業の売却のおかげで一〇億ドル以上のキャッシュを持ち、倒産はまったく大げさな話であることがわかった。クライスラーは、倒産の懸念はあったが、少なくとも二~三年は大丈夫であった。
 自動車販売が全般的に強く、クライスラーの販売がよくないのなら、その将来に悲観的になっただろ。だが、業界全体が不振にあり、今後の反転を待っていた。クライスラーは、借入金を減らし、損益分岐点近くまで戻っていたので、販売が、好転すれば、業績の大きな回復が期待できた。
  ・
  ・
  ・
 クライスラーは発行済株式数が数百万株に達するような大企業であったおかげで、マゼラン・ファンドでは多くのポジションを持つことができた。同社は、特に過少評価されていたので、機関投資家は注目せず、フォローアップ調査も十分になされていなかった。八二年の春から夏にかけて、私は真剣にこの株を仕込んだ。六月の終わりには、最大の株主となった。七月末までには、マゼラン・ファンドの運用資産の五パーセントがクライスラーに投資されていた。このウエイトは、SECで認められる最大限のウエイトであった。
 秋が過ぎても、クライスラー株は最大のウエイトを占めていた。もし許されるならば、クライスラー株をファンドに一〇パーセント、いや二〇パーセントでも組み入れたかった。友人や同業者仲間のほとんどは、「どこか気が変になったのではないか」「クライスラーは倒産しそうなのに」、といった反応を示したにもかかわらずである。
  ・
  ・
  ・
 おもしろいことに、マゼラン・ファンドが小さかったころは大型株に集中し、大きなファンドになるにつれ、より小型株に注目していった。これは、熟慮の末の戦略ではなく、運用するなかで走りながら考え、実行した方法であった。
  ・
  ・
  ・
 八三年の初め、ダウが前年の安値から三〇〇ポイント上昇した。テクノロジー株の多くは、今後六~七年は起こりそうもないぐらいの上昇となった。これら高い株価は、ウォール街に熱狂を引き起こした。だが、私はがっかりした。私にとっては、三〇〇ポイント下落してくれたほうが、買い場を提供してくれるので、うれしかったのだ。
 株価の下落は、真の株式投資家にとって恵みの雨となる。株価の一〇~三〇パーセントの下落といったものは、ほとんど取るに足らない。最近の調整は、災難ではなく、低い株価でより多くの株を仕込めるチャンスといえよう。
(弟5章 マゼラン・ファンド・中期)









← 第4章                                                       第6章 →
トップページ