ピーター・リンチの株式投資の法則(第6章 マゼラン・ファンド・後期)

ピーター・リンチ (著), 酒巻 英雄 (監訳) 2002年3月14日


○ はじめに
 八三年のポートフォリオに組み込まれた九〇〇銘柄のうち、七〇〇銘柄は総運用資産の一〇パーセント未満であった。
 こうしたちっぽけなポジションには、二つの理由があった。(1)企業自体が極めて小さく、購入上限である発行済株式数の一〇パーセントを買っても、金額ベースではそれほど多くにはならなかった。または、(2)真剣に買いすすむにはまだ十分なデータがそろっていないものを、とりあえず買っておいてかのどちらかであった。マゼラン・ファンドの銘柄のほとんどは、この「後でゆっくり考えてみよう」タイプの銘柄であった。いくらか保有し、企業から報告書が来るようになれば、ストーリーも追って行きやすい。
 重要視していなかった銘柄が、大チャンスをもたらした例として、ある宝石卸会社とのミーティングが挙げられる。
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 当の宝石卸会社は、とても小さい株だったので、マゼラン・ファンドの組み入れ順位では下の方にあった。だが、私はミーティングに出て、うれしくなった。ビジネスの説明では、彼らの最優良の顧客は、ディスカウンターで、しかもものすごい数量の宝石を発注しており、注文をさばき切るには精一杯であるということであった。
 私には、ディスカウンターの株に投資するというアイデアがあった。もし、ディスカウンターが、その宝石卸会社が言うぐらいの大量の宝石を売っているとすると、その業績も同様にすばらしいに違いない。
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 私たち二人は、直接、会社にコンタクトを取った。確かに宝石卸会社が言ったように、ビジネスは好調であった。どの会社も、負債を返済して、バランス・シートもずいぶんよくなったと言った。収益は上昇基調にあったにもかかわらず、株価はまだ下落している。これ以上は望むべくもない状況であった。ディスカウンターの株を買いまくり、大当たりとなった。
 ディスカウンターの従業員や買物客は、その儲かり具合が自分の目でよくわかるだろう。注意深い買物客は、ウォール街よりもいち早く、小売業に関する有益な情報をとらえるチャンスがある。割安に株を購入すれば、商品に支払ったお金をすべて回収することもできるのだ。
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 銀行やS&L以外に、この期間、マゼラン・ファンドを成功に導いたのは、自動車株であった。フォードはクライスラーのことを私に教えてくれ、クライスラーからスバルやボルボに到達した。景気回復の好影響が次々と自動車業界に広がっていったのである。
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 自動車株が盛り上がっていたころでさえ、私はGM株をまったく保有しなかった。というのも、当時はつまらない会社であるということが、最上級の褒め言葉であったとすら思っていたからであった。GMでさえ、八二年から八七年で、株価は三倍増となった。だが、この米国第一の自動車株に、最優先で投資を行ったファンド・マネジャーは、一七倍となったフォードや、ほぼ五〇倍になったクライスラーからのような恩恵を受けなかった。
 私のとったアプローチでは、自動車株のリバウンドをとらえた。
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 マゼラン・ファンドは、成長株ファンドといわれていたが、自動車株の例にあるように、あらゆる投資機会を見出し、柔軟に買っていった。クライスラーやフォードは、成長株ファンドのポートフォリオではお目にかかることはなかろう。これらの銘柄は売り込まれているがゆえに、回復しかかるとほとんどの成長株を上回るパフォーマンスを見せた。
 多くのファンド・マネジャーが固執する傾向にあるが、「流動性」への不安である。多くのファンド・マネジャーが、小型株というだけで避けてきた。というのも、「商いが薄く」すぐに売却することができないというリスクを嫌ったからである。銘柄選別で、こうした問題にとらわれてしまうがゆえに、よい株かどうかという本質的な検討をしなくなってしまう場合が多い。
(弟6章 マゼラン・ファンド・後期)

○ 海外への冒険旅行
 アメリカの保険会社にいとって、保険料率のアップは、収益の改善を意味した。保険株は、循環株のようなものである。もし、保険株を料率が上昇しはじめる最初に買うならば、大きな収益を得ることができるだろう。保険株の株価が、料率の上昇後に倍になり、料率アップの結果、収益が上がることで、また株価が倍になることは、よく知られている。
 私は、同様なパターンがスウェーデンでもあると思っていた。保険料率はすでに上昇しており、スカンディアの株価は高騰しているはずだったが、そうではなかった。スウェーデンの投資家は、おそまつな足元の業績にのみ注目し、好材料を無視していたのだった。まさに、株式投資家には夢のような話であった。
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 ボルボは組合問題に揺れていたが、心配には及ばなかった。株価は34ドルであった。会社は一株当たり三四ドルのキャッシュを持っていた。つまり、この株を買えば、自動車事業、組立工場群、多くのボルボの多角化事業(食品会社、製薬会社、エネルギー会社など)を、無償で得ることができるのだ。アメリカでは、アナリストが見落としているような小さな会社にはこうしたケースがあるかもしれない。だが、決して、ゼネラル・エレクトリックやフィリップ・モリスのような大企業の株価がこんな低水準になることは、生きている間はお目にかかることはないだろう。これがあるがゆえに、私はヨーロッパに注目するのである。
 外国の株式市場には、文化的なバイアスがあると思っている人がいる。そのため、株価が永久に割高あるいは割安のままである原因となっているというのである。日本の株式市場が最近、下落するまで、日本人は高価な株式に生まれつき寛容なのだと思い込んでいた。明らかに、そうではなかった。スウェーデンの場合、投資家たちはボルボ、スカンディア、そして多くの企業の価値を過小評価していた。だが、真実の価値は、こんなスウェーデン人にもはっきり認識されるようになることは疑いなかった。
(弟6章 マゼラン・ファンド・後期)

○ 戦術的シフト
 マゼラン・ファンドは、八六年に二三.八パーセント値上がりした。八七年の前半には、さらに三九パーセント値上がりした。ダウが史上最高値二七二二.四二ドルを達成、全国の主要雑誌はどれも、強気の特集に満たされていた。私は、過去五年で初めて、戦術シフトを行った。私たちは景気回復に注目しすぎている。人々は、新しい車を購入しようとし、実際、買ってきている。自動車株アナリストは、私に言わせれば根拠がないのだが、楽観的な収益予想をしている。ここで、自動車株のウエイトを下げ、金融株、特にファニーメイ、S&Lのウエイトを引き上げはじめた。
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 八七年まで、ファンドがスウェーデンのGNPと同規模になっても、市場平均を上回っていたことに満足した。一方で、私は疲れてきた。ファニーメイよりも妻と一緒にいる時間がもっとほしかった。ブラック・マンデーとそれに続く大調整が起こらなければ、このとき、やめていたかもしれなかった。
 市場は大きく割高となっており、一〇〇〇ポイントの下落の可能性をはらんでいた。だが、これは後になってわかったことだ。私は目いっぱい株式に投資しており、ほとんどキャッシュは持っていなかった。
 不幸中の幸いは、八月にファンドの五.六パーセントを占めていたS&L株の多くを処分したことであった。S&Lのいくつかが、非常に危ないローンを抱えていたことに懸念を感じはじめたからだった。私だけでなく、社内のS&L専門家であるデイブ・エリソンも同感であった。だが残念なことに、その売却した資金を他の株に投資し続けていた。
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 この好パフォーマンスで私は少々うぬぼれてしまった。しかし、この自信も、七八年の九月一一日から一〇月三一日までの株価の大幅調整期には完璧に崩れ去った。
 その下落は、ドル安、インフレ率の急上昇、減税を巡る議会の混乱、FRBの金融引き締めを背景とする急激なものだった。短期金利は、長期金利よりも急ピッチで上昇した。短期金利が長期金利を上回る状況は、これまでめったになかった。株式市場は、長期間にわたり低迷した。マゼラン・ファンドはもっと下落した。ファンド・マネジャーとして、私のキャリアにおける正念場の始まりであった。株式市場が低迷するときはいつでも、マゼラン・ファンドはさらにさえなかった。
 八七年の大調整を含むおもな九回の調整期の間、このパターンは続いた。ファンドは、市場平均以上に下落した。そして、反転時に市場をアウトパフォームした。
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 適切な時期に、循環株に見切りをつけることは重要である。クライスラーは、もたもたすると、悪い結果になってしまうという例である。同社は、八八年には一株当たり四.六六ドルの利益があったが、八九年も同様に四ドルは堅いとみいこまれていた。だが、八九年に変化が起こり、一ドルにとどまり、九〇年には三〇セント、九一年にはついに赤字に転落した。
 ウォール街のアナリストたちは、クライスラーが落ち込んできているのに、うるさく薦めてきた。私自身のクライスラーに関する収益見通しは、実現する可能性の低いウォール街での最も悲観的な見通しよりも、はるかに低かった。その私の予想は一株当たり三ドルの利益だったが、アナリスト予想は六ドルであった。自分のベスト・シナリオが、他人の最悪シナリオよりも悪いことがわかったならば、株価はバブル状態にあると注意しなければならない。
 ブラック・マンデーの後の大儲け銘柄は、循環株ではなく、成長株であった。幸運にも、私は自動車株から、フィリップ・モリスやRJRナビスコ、イーストマン・コダック、メルク、アトランティック・リッチフィールドなど、高い競争力を有する事業部門と強固な財務体質を持つ企業に乗り換えていた。
(弟6章 マゼラン・ファンド・後期)

○ 絶望の後に訪れる成功
 損失を抑えることは、ポートフォリオ運営で重要なことである。
 株でお金を失うことは、恥ずかしいことではない。みんなしている。恥ずかしいことは、ファンダメンタルが悪化しているのに、株を持ったままにしておくこと、さらに悪いことは、買い増すことである。私はそれを避けようとした。一〇倍株の成功例よりも、失敗した銘柄の数が多かったにもかかわらず、失敗した銘柄について、より安い株価で買い増すことはしなかった。
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 これまでで一番損をした銘柄は、テキサス・エアであり、損失額は三三〇〇万ドルだった。もし下落過程で処分しなかたら、もっともっと被害は大きかったであろう。もう一つは、ニュー・イングランド銀行だった。明らかに、業績見通しを過大評価していて、ニュー・イングランドの不況を過少評価していた。だが、40ドルから20ドルへと、株価が半分になったとき、株を処分して損失を出し始め、15ドルで全部の処分を終えた。
 多くの人たちは、15ドルと割安になった、ニュー・イングランド銀行株を買えと薦めてきた。その後、10ドルになっても同じ、とうとう4ドルになったとき、とてつもないチャンスだと、彼らは言ったのであった。いくらで株を買おうと株価がゼロになれば投資資金をすべて失うということである。
 銀行が直面していた問題の深刻さを測る一つの鍵は、そこが発行する債券の価格の動きにある。これは、しばしば真実のシグナルを発する。ニュー・イングランド銀行の上位返済順位の債券が、額面(一〇〇ドル)から二〇ドルに価値が下がったことは、大きな警告であった。
 債券市場は、保守的な投資家によって支配されている。彼らは、その企業が元本を返済できるかどうかを一生懸命考えている。債券のほうが、株よりも、企業の資産に対する優先順位があるので、債券がもうこれ以上下がりそうもない水準まで売られたということは、株の価値はほとんどないということである。経験から、つまずいた企業で安くなった株に投資する前に、「債券価格がどうなっているか」を見ることは重要であることを学んだ。
(弟6章 マゼラン・ファンド・後期)









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